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映画『おくりびと』の”シナリオ”を読んでみる/ネタバレあり [レビュー]

悪運が強いのか、それとも最盛期の系譜を受け継ぐ良識派がまだ残っているのか。テレビ局としては完全落ち目のTBSが製作した『おくりびと』が、米アカデミー賞・外国語映画部門を受賞して大ヒット・ロングランでございます。

そんなわけで遅ればせながら観てみようと思ったのですが、なんと日曜日、いつかはきっと送り出される方々で大混雑(rio含む)。「大阪人は並ぶことを極端に嫌がる」なんてことを言われることがありますが、そんなことはないんですよ。5分ぐらいなら並びます。

きょうはたまたま5分以上かかりそうだったので、映画を観る代わりに、『おくりびと』のシナリオを読むことにいたしました。ノベライズ本でもコミック本でも原作でもなく、シナリオ。↓こんな感じになってるものです。

※Amazonでは新本がなく、中古本は約3000円という高値になってますね…。

(雑誌『シナリオ』2008年10月号から引用)

シナリオ 2008年 10月号 [雑誌]

シナリオ 2008年 10月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: シナリオ作家協会
  • 発売日: 2008/09/03
  • メディア: 雑誌


○冬の庄内平野
     雪化粧された庄内平野の田舎道を一台の古いライトバンが走っている。

○車内
     車の助手席で煙草をふかしているのは、納棺専門会社の社長、佐々木生栄。運転
     席でハ
ンドルを握っているのは、新人納棺師の小林大悟である。
大悟M 「子供の頃に感じた冬は、こんなに寒くなかった」
     うっすらと雪が積もった集落の中に車は向かっている。


※Mはモノローグ(独白)の略。

↑これ、映画の冒頭の場面です。この短い2場面だけで、『おくりびと』というタイトルがどういう意味なのか、考えなくてもわかる仕掛けになっています。それだけでなく、主人公が舞台となっている地域の出身であることや、主人公と隣に乗っている男(佐々木)との関係性までわかります。

こんなふうにあとづけで説明するとカンタンなことのように思えてしまいますが、何もない状態からこの冒頭を生み出すのは至難の技だと思います。「映画は監督のもの」と言われ、脚本家は黒子であることが多いのですが、こういう冒頭を見ると、どんな手練がこの脚本を書いたのか?と気になりますよね。

実は、上記の雑誌『シナリオ』にインタビューが載っています。小山薫堂(こやま・くんどう)。江戸時代の書家みたいな名前ですが、本名だそうです。1964年生れの熊本県出身。放送作家として、人気番組『料理の鉄人』『カノッサの屈辱』『トリセツ』などを手がけ、ラジオや雑誌にも登場するほか、なぜか日光金谷ホテルの顧問も務めているというマルチぶり。

その小山さんがはじめて書いた映画脚本が『おくりびと』だったそうなんですね。面識のないプロデューサーからオファーが来た、というエピソードもなにか運命的な意味合いを感じます。

その小山さんは、インタビューの末尾でこう発言しています。

小山 「でもこういうのってヒットしないですよね、僕が言うと怒られるけど(笑)。」

これに対し、インタビュアー(塩田時敏)は「いや、ヒットしますよ。」と断言していて、その通りになりました。すばらしい。

俳優が企画を持ち込み、ピンク映画出身の監督と、映画と無縁のライターが作った作品。これが黒澤明(1975年のソ連映画『デルス・ウザーラ』)以来の米アカデミーを取ったことの意味は大きいですね。日本の文化・芸能業界が”いろめがね”をはずし、”セクト主義”をぶっ壊すことができれば、『おくりびと』のあとに続く作品がどんどん出てきそうな気がします。

小山さんは、「舞台は山形県の庄内、職業は納棺師」という条件だけでスタートさせ、取材と資料の読み込みで完成させたそうで。冒頭のつかみに持ってきている「男化粧か女化粧か」というネタも、実際にあった話をもとに、「アレ」を確認するフィクションをトッピングして…という具合だそうです。

前置きで思わず長々と語ってしまいましたが、ここまで書いたことは全部、もちろんそのほかの面白い裏話も、『シナリオ』に載っています。興味のある方はぜひご一読を。品薄なようですが、図書館に聞くか、発行元のシナリオ作家協会に問い合わせると、手に入るかもしれません。

で、本題の内容についてです。

いまさら私がどうこういうことでもないのですが、『おくりびと』の構成はとてもわかりやすくできています。これまで海外で評価されてきた芸術系の日本映画と違い、完全に娯楽映画の立場で撮ったことがよくわかるつくりです。なんてことはすでに言われつくしているので、私は<好きなセリフ>を2つピックアップして、感想文を書きたいと思います。

※シナリオと映画本編は、制作上の都合で、必ずしも同一ではありません。

<好きなセリフ1>
チェロ奏者だった主人公・大悟は、1800万円もの大借金をして最高級のチェロを買った途端、所属していた楽団が解散。故郷に帰ることを決意し、チェロを売り払った場面です。

大悟M 「チェロを手ばなした途端、不思議と楽になった。今まで縛られていたものから、スーッと解放された気がした。所詮、人生なんて、そういうものだ」

リアルです。何かを手ばなす決断をして次のステージに進んだ経験のある人なら誰でも、このセリフで一気に主人公に感情移入し、応援したくなるのではないかと思います。

『おくりびと』は納棺師という独特の職業モノ崩壊と再生を描いた家族モノ、という側面に光があたっています。そうした物語はすべて、大悟のこのセリフからスタートしているんですね。

どんなにがんばっても、自分ひとりの力ではどうにもならないことがある。それがふりかかってきたとき、どうやってそれを乗り越え、あるいは回避して生き延びていくか。また、なんで生き延びていかなければいけないのか。映画の軸足は徹底してここに置かれています。

大悟だけでなく、妻・美香(広末涼子)も、社長・佐々木(山崎努)も、事務員・上村(余貴美子)ほか、すべてのキャラクターが、同じテーマを抱えて登場しています。

小うるさい人なら、「これだけ同じパターンのキャラばかり出てくるってのはどうよ?」ぐらいのことを言うかもしれません。でも、書き分けと構成・配分がしっかりしているので、ダブリ感がぜんぜんないんですね。むしろ、娯楽映画の生命線である”わかりやすさ”を担保するしかけになっていると思います。

<好きなセリフ2>
大悟がいきなり採用されて、事務所で上村と棺おけの値段の差について会話する場面。

大悟 「素材と飾りの違いだけ、ですか?」
上村 「そう。燃え方もおんなじ、灰もおんなじ。人生最後の買い物は、他人が決めるのよ」
大悟 「なんだか、皮肉ですね」


このやりとりだけで、大悟が素人、上村がベテランというのがすぐわかりますよね。大悟が素人なのは、「~ですか?」と聞いているからではなく、「皮肉ですね」と感想を述べているからです。

葬儀関係のベテランであれば、「葬式は生きている人間のためのもの」ということが身にしみているはず。だから上村は、事務的に「他人が決めるのよ」と言っているわけです。それは皮肉でもなんでもなくて、彼らにとれば当然の感覚なんだと思います。

いいなあ、このドライな感じ。「私の死後はどうこうしてくれ」とか言って、遺言状なんかも残しちゃったりして、そういうのは法的にも拘束力を持つからむにゃむにゃ、なんて私はあまり好きではありません。何かを言い残しても、その通りになったかどうかは確認できませんから。たとえ死後の世界から確認できるのだとしても、手出しはできませんから、指をくわえて見ているだけです。

そんなことになるよりは、残る人に「あとはまかせた!じゃ!」と言って”生の世界”を引退するほうがいいよなあ、なんて常々思っております。幸いなことに、日本は、1円も持っていなくても葬式をしてもらえるシステムをもっている国です。残る人たちがそれでいいならそれでいいし、1000万円かけて派手派手しくやりたいならそれでもいい。自分の葬式のことなんざぁ、知ったこっちゃありませんぜ。というのが私の本音です。

そんな私がもし誰かの葬式をまかせられたら…やっぱり、(亡くなった人が同じ考えでない限り)世間並みにしようとするのかもしれませんが(笑)

ちなみに、採用直後は素人感覚だった大悟ですが、経験を重ねるにつれて「葬式は生きている人間のためのもの」という職業観を身につけ、感動的なラストシーンへとつながっていきます。こういうスキのない構成力がこの映画の大きな魅力ですね。


とまあ、相変わらず、長々と書いてしまいました。しかもなぜか、♪ケ~セラ~セラ~と口ずさんでしまいました。そういう前向きな気持ちになれる映画だと感じます。映画館がもうちょっとすいたら、観に行くつもりです。

(追記)
小山さんはインタビューで、こんなことも述べています。

「最近のTV局主導の映画って、明らかに放送法に違反してますよね。電波や番組をメディアジャックして。商店が自分のとこの商品食ってるようなもんでしょう」

↑こういう指摘は、どれだけ大物になってもビシバシやり続けてほしいと思います。


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古都の侍

こんばんは。

小山薫堂っていう人は、ホントに色んなことをしているわけでして、後から「あれ、小山薫堂だったの?」みたいなことがありますね。個人的には『トシガイ』という番組が好きだったのですが。

>「私の死後はどうこうしてくれ」とか言って、遺言状なんかも残しちゃったりして、そういうのは法的にも拘束力を持つからむにゃむにゃ~~~残る人に「あとはまかせた!じゃ!」と言って”生の世界”を引退・・・
→→→これって、いまだにミュンヘンの亡霊たちに取り付かれている組織というかあの世界を思い出してしまうわけでして、いやー、この価値観をあの方々に持ってもらいたいなぁ・・・なんて、この文章を見たら思ってしまいました。

滝田監督は、東野圭吾の『秘密』から『陰陽師』、果ては『つりキチ三平』まで結構色んなのを撮っているんですね。この中だと、『陰陽師』は観た記憶があります。

しかしまぁ、『私は貝になりたい』なんかは特に酷かったですけど、このところの映画宣伝は観るに耐えないものばかりですねぇ。ホント、『貝』のときなんかは、チャンネル捻ればどこもかしこも、貝、貝、貝。横浜スタジアムに野球を観に行ってもイニング間にバックスクリーンから貝・・・で、こっちが貝になりたい気分でした。

全然違う話で恐縮ですが、昨日の深夜26時代にフジテレビで放送されていた『NONFIX 世界料理サミット 最先端シェフの想像力』と言うのがあったのですが、これはすごかったですよ。何てったって「土を食べる料理を出す」という日本人の料理人が出たり、アメリカ最高峰の料理人アケッツ氏が紹介されていたりと、まぁこれは芸術でした。「食」への概念をぶち壊す、度肝を抜かれる番組でした。マジメに、5回は繰り返してみたくなりましたね。
すごいすごいと言っても、それを言葉に出来ないのが悔しいですが、あれは今様に言えば「マジ、ヤバい!」。

全然違う話で恐縮ですが、本日25時よりフジテレビにて『Volleyball Nation』というバレー番組が放送されます。
春高&プレミア最新情報、チュートリアル徳井がバレーを熱く語る、植田辰哉登場、と言う内容のようです。
“新バレーボール専門番組スタート”と言うことですから、恐らく月1くらいで流されるのでしょうね。


by 古都の侍 (2009-03-08 22:36) 

rio

>古都の侍さん、小山薫堂はどこかの大学の学科長にも就任するみたいですね。名前が出たひとのところへ仕事が集中する仕組み。

『私は貝になりたい』は中居主演ということもありますが、脚本があの大御所・橋本忍ですからねー。何十年ぶりかぐらいにペンをとって自身の代表作の一つを自分でリメイクしたわけですから、興行主にとっては、建前上、「作品レベルでの失敗」がありえないことになってしまっているわけで。

万が一こけたら、それは100%宣伝の失敗になってしまうわけですから、それこそ必死だったんだと思います。なりふりかまわず、でしたもんね。

『Volleyball Nation』みのがしてしまいました。。。また次回があれば見てみます。

※実はわたし、こっそりと重大なミスを修正いたしました(汗)
まりふぁな”さん”、ありがとうございますm(_ _)m
by rio (2009-03-10 01:31) 

古都の侍

こんばんは。

今週はTBSの深夜にバレーボール特番があるようです。確か日曜だったと思いますが・・・
『VN』は、八子くんの美男子ぶりに古武士植田あまりニヤリとしない(!?)・・・という、何だか八子が既に代表を落ちたかのような雰囲気でした。多分、09年の植田監督の腹積もりは、統制の出来る今までよりも堅いメンバーを集めることではないかと、『VN』やその他中継解説を聞いていて思いました。阿部(東レ)も前田(JT)も選ばれないんだろうなぁ・・・

「バレーボール記者緊急提言座談会 崖っぷちニッポン女子バレーは全員ビーチで出直せ! 武富士廃部、パイオニアも存続危機で、このままではVリーグごとツブれる!?」という記事が3週前の『週刊プレイボーイ』に掲載されていたのですが、これがなかなかな内容でした。あまりなないようなだけに感想文(と言うか本文を紹介するのとツッコミを入れるのとをあわせたようなもの)をメモ帳に書いていたのですが、内容が強烈過ぎてでしょうか、そのショックですっかりアップするのを忘れてもう何日も過ぎてしまい旬が過ぎたので、お蔵入り記事の1つになってしまいました。
色々とショッキングなことが書かれていたのですが、気になった一つがこちら・・・
―――『機構はクラブチームにシンパシーはない。某幹部などは、『シーガルズにはプレーオフに出ないでもらいたい、集客力がないから。』(要約)―――
集客力アップの策を考えるのが、チームを不況から守ることが、あんたらのやることでしょうが!とツッコミを入れられていますが、ごもっともでございました。

小山薫堂は多分、目立たないような番組とかの方が向いているタイプなのではないかと勝手に私は思っております。TVなら深夜の番組向きっていう感じでしょうか(←余計なお世話な意見だと自覚しております)。

“重大なミス”とは何でしょうか。気付かなかった私はもしかして目が節穴?気になって夜も眠れません(苦笑)


by 古都の侍 (2009-03-13 21:09) 

rio

>古都の侍”さん”、中田姐さんのブログでも、番組予告が出てましたね。もしかして、TBS日曜深夜は中田レポートなのかも。

機構がクラブチームに興味がないなら、Vリーグはこのまま一度、廃墟になってもらうしかないかもしれませんね。ぺんぺん草も生えないぐらいの荒地にならないと、目が覚めないのかもしれません。

日本発祥の柔道でさえ、アンチ日本の人物が国際組織のトップについた途端、ばたばたと日本締め出しに走るほどです。中国人のFIVB新会長が日本とどういう距離をとるのかまだわかりませんが、気がついたときには…なんてことにだけはなってほしくないです。

「重大なミス」は、まりふぁな”さん”のファインレシーブによって救われました。もうちょっとで私、ものすごく偉そうな人になってしまうところでした。
by rio (2009-03-13 21:56) 

子豚のこむぎ

rioさん、こんばんは。

まりふぁな”さん”の「”」の位置がヒントなんでしょうか(笑)
私も気になります。

記事内容に全く関係なくて申し訳ありませんm(_ _)m
by 子豚のこむぎ (2009-03-14 01:24) 

rio

>子豚のこむぎさん、疑問をまきちらしてすみません。そうです”さん”が正解です。いきなりまさかの呼び捨て。。。冷や汗モノでございました。
by rio (2009-03-14 01:29) 

カリメロ&パタリロ

お久しぶりです、『おくりびと』は大分前に商店街にポスターが貼ってあってなんかいいかんじだなーっと惹かれるものがあったんですが、まさかアカデミー賞を受賞するとは思いませんでした。やはり『いいもの』はポスターからも感じるものですね。話しは変わって、バレーにハマッて以来古くて画面が黒っぽく録画環境も無いのを早く地デジ対応とCS、BSに加盟したかったのですが「お足代」に悩み諦めていましたが、降って湧いたように親戚が地デジTVを買ってくれまして、あとはUHFアンテナとパラボナアンテナと有料放送の料金だけ…かな?メカ音痴の私に愛の手を~。
by カリメロ&パタリロ (2009-03-16 01:02) 

rio

>カリメロ&パタリロさん、地デジご購入、おめでとうございます。すばらしいご親戚をお持ちなんですね。私にも少しわけてください。

私もくわしくないのですが、SMAPがCMしている光につなぐとか、地域にもしケーブルテレビがあればそれに加入するなどすれば、アンテナなしで善番組が見られると思います。そのほうが設備投資も安く済みますよ。

『おくりびと』では、広末涼子の演技に「生活感がない」という批判が出ているようです。が、シナリオを読むと、もともと生活感のないキャラでした。広末、気の毒。

最寄の映画館ではいまも、そろそろおくられそうな方々で大混雑です。
by rio (2009-03-16 11:34) 

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